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「事件」に感じること

また10代の子が命を奪われるという事件が起きてしまいました。
被害者も加害者(容疑者)も10代後半からハタチそこそこの若者たちです。

こういう事件では、被害者のプライバシーが何の保護を受ける事もなく報道されてしまうことに、私はいつも違和感を覚えます。
被害者の暮らしぶりの詳細な情報や顔写真などを流すことにどんな意味があるでしょうか。

被害者に関しては、名前や住まいや人となりなどの詳細な情報は伏せたままでよいと私はいつも感じます。
そういうことはマスコミの方たちは自粛したりしないのでしょうか。

事件の内容を詳細に伝えるならなおさら、被害者の個人情報は外に流されるべきではないと思います。



それにしても・・・
少年犯罪は全体的には減っているということなのに、なぜこんなに恐ろしい事件が軽々と頻繁に起きてしまうのでしょうか。


生まれた時はかわいい赤ちゃんだったでしょうに・・・・
いったいどこから何が違ってしまうのでしょう。



今日、いつもいろいろなことを学ばせていただいている『カウンセリングルーム M.heart』のmasumiさんのブログを読ませていただいてもしかするとこんなところにヒントがあるのでは…という気がしましたのでご紹介させてください。

一部を転載させていただきます。

~~~~ここから転載~~~~~

小学校入学は、ある意味社会に進出するための学習期間
がスタートしたとも言えます。
そこで学ぶのは、授業を通して会得する社会的ルールや知
識、他者とのコミュニケーション、自己の成立、学校内での
ルールに従う事は、幼稚園や保育所とは一段と違った、規
律ある生活を送ることになります。

なんだか幼稚園、保育園の時より我儘になったような、聞き
わけが無くなったような感じもしていませんか?
子どもの特徴によって、急に大人びて聞きわけが良くなった
ように感じたり、赤ちゃん帰りのように我儘になったりと色々
ですが、どちらにしても一生懸命頑張っているからなのです。
今はチョッとだけ家事の手を休めて、何があったのか何を話
したいのか、シッカリお子さんの気持ちを聴いてあげてください。
聴く:注意深く(身を入れて)、あるいは進んで耳を傾けること。

身体面も急成長をする時期から、少し緩やかになり、代わって
12歳までは、脳が大きく成長する時期です。
たくさんの事を、良くスポンジのようにといいますが、吸収する
時期です。
たくさんの事に興味を持って、「なぜだろう、どうしてだろう」と
考える力をたくさんつけてあげられるとよいかと思います。

心の成長にも大きく影響します。
失敗しても、間違えても、今は学ぶ時期ですから、どうしたら
良いか、改善策を考えられるように、サポートできるとよいか
と思います。子どもに失敗させないように、ゆく道の小石を掃
く様な事は、子どもの自信の芽を摘み取ることになります。

昔の人は6歳児をみて「道端の草にも憎まれる」と言いました。
(約6歳までは成長の段階で何歳にでも当てはまります)
そんな時期なのだなぁと、焦ったり悩んだりしないようにという
先人の言葉なのでしょう。

今までは親の中にすっぽりといたような子どもたちが、成長を
していく中で、親の態度にも鋭い言葉や態度が返ってきます。
嘘やあいまいな態度、言うことがいつも違うというようなことに
鋭い指摘をしてきます。
そして、是非気をつけて頂きたいのが、言葉使いです。
言葉の乱れは心の乱れに繋がります。最近の親御さんたちの
言葉使いに、少し違和感を持つ事があります。
正しい言葉をお子さん達には使ってあげてほしいと思います。

自立という芽の二葉が出たばかりのお子さん達です。
耳を傾け、時に見守ることも将来自立の時を迎えるお子さんの
大きなサポートになると思います。


~~~~転載ここまで~~~~~



この記事を読んで、改めて小学校時代はとても大事な時期なのだ・・・と感じました。
心が成長していく時期に、安心できる環境と自分を大切に思ってくれる人の存在がどれほど大切かということを思います。


寂しい心のまま無理に大人になろうとすると、そこにひずみが起きてしまうのではないか・・・と感じるのです。


凶悪な犯罪を犯す若者たちの背景は、そんなに単純なことではないのかもしれませんが・・。
寂しい心が必ず凶悪犯罪を起こすかというとそうではないのですから。

でも、もしかしたらもっと前に なにがしかの兆しのようなものはあったのではないかと思うのです。
その時に、誰か周りの大人が気づくことができれば 防ぐことができたかもしれない・・・とも・・。




子どもたちがゆっくりと安心して、
失敗することを許されながら成長して行けるように、
おとなたちもゆとりを持って暮らしていける社会でありたいと思います・・・。


一人のお母さんとしてそんな責任を感じました。





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おべんとう

先日娘たちが修学旅行に行っている間に、娘の同級生のお母様たちとお食事会をした時のこと。


今朝はお弁当作りが無かったから、朝 楽だったわね~、という話題になりました。

娘の学校には、大阪や奈良方面から通ってらっしゃるお嬢さんも多く、クラブの朝練などがある日は明け方5時には起きてお弁当作りだとか。


「今の幼稚園のおべんとうは、キャラ弁が主流らしいわよ」
「え~~!!!よかったわね~。今、娘たちが幼稚園児じゃなくって~」
「ほんとほんと!」
「お弁当作りもあと1年ちょっとね~」

お弁当最後の日は、ちょっとキュンと来るかしら・・という声も聞こえ、そっかぁ・・・・・私の長い長い「お弁当作りライフ」もあと少しなんだなぁ~、と、まぁ~・・・・どちらかというと、私は・・・・ちょっと「うれしいかも」と心の中で思いました(ごめんね、娘)


えすぺろさん、お弁当歴どんな感じ?と聞かれ、そうねぇ~・・・と思い返してみると・・・

始まりは、息子が幼稚園に入園したとき。
3歳でしたから今から17年前?

娘がハイハイを始めたころで、朝起きて、さぁお弁当作ろう、という頃になると娘が起きだして「ひえ~んひえ~ん」と鳴くので、片手で抱っこしたりおんぶしたりしながら作っていた記憶があります^^;


息子がやっと小学生になって「給食だーーー!!」と喜ぶ間もなく、入れ替わりに娘が幼稚園へ・・・・


また3年間小っちゃいお弁当をチマチマ作っていました^^

娘も小学生になり、これでお弁当からも解放ね!と思っていたのですが、
一年しないうちに息子の塾通いが始まり、今度は夕食用のお弁当を作ることになりました^^;

それが2年間続いた後、息子が中学生となりまた毎朝お弁当を持って学校へ・・・
だんだん巨大化するお弁当!!

息子の中学入学と同時に娘の塾通いが本格化して、朝は息子お弁当、夕方は娘の塾用お弁当・・・・はぁはぁ(T T)

という日々が3年間続き、今度は息子高校生、娘中学生となり、毎朝二つのお弁当(ひいぃ~~~)


正直、息子の高校最後のお弁当の日のことなんて 私は全く覚えてません(笑)
いつの間にか過ぎてしまいました^^

息子の同級生お母様に「今日で最後のお弁当、という日にお手紙入れたわ」と聞いて、えっ!そっか、もうお弁当の日ないんだ~~~~!!!と気づいた私・・・・(笑)


ところが!!
そのお友達もうちの息子も予備校生となり^^;
もう一年お弁当を持って予備校通いの日々が始まりました(やれやれ・・)


昨年やっと 息子のお弁当からは解放\(^o^)/
今は娘のお弁当を朝作るだけの毎日です^^
娘はちょこちょこ手伝ってくれたりするのでとっても平和な朝です^^


じゃぁ、えすぺろさんって、17年間ほぼお弁当作ってるって感じね~すごいわね~~~
と皆様に「ため息まじりに」言っていただき、改めてそうか~そうだったのかぁ~・・・と思いました。


でもまぁ、私は専業お母さんですから 大した事でもないんです^^


そして!この前見つけたのですが、
世の中にはこんなすごいお母様もいらっしゃるんですね!!!


私たちが恐れている「キャラ弁」!!
それを高校生のお嬢さんに毎日!!!


母から娘へ「嫌がらせ弁当」 意地っ張りな3年間の軌跡、一冊の本に

反抗期の娘に嫌がらせ弁当を作り続けた母の想いとは【大反響ブログがついに書籍化】

反抗期で口をまともにきこうとしないお嬢さんに、高校三年間、「いやがらせ」のキャラ弁(キャラクター弁当)を作り続けたお母様が 一冊の写真集にまとめて出版されたということです。


記事の中にもたくさんのすごいお弁当の画像があります。

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ものすごいクオリティーの高さですね!


体力のない私は、こんなことはとてもできませんでしたが^^;それでもちゃんと「愛」はこめた・・・・つもり・・・です



・・・私の手抜きお弁当を毎日「おいしい!」と残さず食べてくれる娘がいじらしく思えてきます(^^;
ありがとう、娘^^


ちょっと明日はがんばってみようかしら~


ハンドベル

ちょっとお天気が悪い日もあって肌寒かった連休、皆様いかがお過ごしでしたでしょう^^

連休最終日、「京都府高等学校 総合文化祭」で娘がハンドベルの演奏をするので出かけて来ました。

今、高校2年生の娘。
在学する学校は中高一貫なので、「高等学校」 総合文化祭なのですが、中学生も参加します。


中学入学当初からハンドベル部に所属している彼女はこれで5回目の参加です。
そして、来年は10月の学校文化祭で引退ですので、京都府高校総合文化祭での舞台は昨日が最後になりました。


んん~~~~
お母さん・・・ちょっと感慨深いですーーー・・・


この、「京都府高等学校 総合文化祭」には息子もオーケストラ部で毎年参加していました。
息子は3年前に「最後の舞台」だったはずなのですが、なんだか・・・あんまり感慨深かったような覚えがない・・・のですね・・
まだ、下に娘もいるからか、気づかないままその日は過ぎ去っていました^^;



ところで、ハンドベルの演奏を目にされた方いらっしゃるでしょうか。
なんとなく、クリスマスソングや讃美歌を演奏する ちょっと地味なオルゴールのような印象をお持ちではないでしょうか。

こんな楽器です
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ところが、意外にもけっこういろんな曲を演奏できるものなのです。


昨日は  「アヴェ・マリア」  ジュリオ・カッチーニ作曲  
       (※作曲者名については諸説あるのですが、いわゆる「カッチーニのアヴェマリア」と言われているものです。
      
      「セビリアの理髪師」  ジョアキーノ・ロッシーニ作曲

の二曲を演奏しました。


娘は「アヴェ・マリア」の指揮をしました。
私のほうがドキドキしてしまいました^^;


娘の学校のハンドベル部は、特別な指導者がいるわけではなく、
選曲から曲の解釈、練習、ベルの割り振りなど、すべて生徒たちだけでやっているので、多少、まぁ、なんと申しましょうか、「荒削り」な感はあります^^;

それでも、一生懸命な演奏に、若者たちらしい勢いが感じられて、厳しい指導者によって作り上げられた「きちんとまとまった演奏」には無い感動を覚えるのです。

がんばってるな~~って思います。

…親ばかですみません^^;


動画をネットにあげることは、学校から固く禁じられていますので、彼女たちの演奏はお届けできないのですが、
ハンドベルの演奏って、こんな風・・・ということを少しでもお伝えできるかも…と思い 
ハンドベル界トップの「きりくハンドベルアンサンブル 」の動画をご紹介したいと思います。


・・・娘たちの演奏は、もうちょっと・・・・え~っと^^全然、違いますよ^^;
この方たちは、ハイレベルなので 少人数で 一人でいくつもの音を担当してらっしゃいます。
指揮者もなしです。
娘たちは、この3倍くらいの人数で音を分担して演奏しました。


アヴェ・マリアといえば、シューベルトやグノーが有名ですが、この曲もしみじみと心に響くものが感じられます。




11月15日には同志社大学 栄光館に於いて 犯罪被害者の方たちのための催しがあり、そこでも演奏させていただきます。

  ※この催しについて詳細はこちら⇒,「犯罪被害者週間」(11月25日~12月1日)啓発イベント「犯罪被害者の支援について」


クラブ活動は好きで始めたことですが、「こんなはずじゃなかった」と思うようなこともあったとかで^^;、いろいろな経験ができたようです。
たまに ブツブツ言っていましたが そんな時、おかーさんはひたすら傾聴共感^^;

たまの「ブツブツ」はあったものの(笑)、娘がこれまで一度も「もう辞めたい」とは言わなかったことは、とてもよかった…と思っています。

ハンドベルは一人が少なくとも2音、多ければ4音くらいを担当し、その音が集まって一つのメロディーができあがる素晴らしい楽器です。

一人ではできないし、誰が抜けてもできない、責任も重大だけれど、心を一つにしてよい演奏ができた時の喜びもまたひとしお・・・
助けて助けられて、みんなでがんばる楽器なのです。

娘を通して、私もますますハンドベルが好きになりました。


15日、用いられることに感謝して、皆様に喜んでいただけるような演奏ができますようにと母は祈っています^^





旅立ち

4月はいろいろなことが新しくスタートする時期ですね。



進学や就職、転勤など、これまで住み慣れた家や故郷から離れて新しい場所での生活が始まる人たちも多いことでしょう。



この季節になると、思い出す曲があります。
ずいぶん昔の曲ですが、さだまさしさんの「案山子(かかし)」という曲です。



都会で一人暮らしをする子を思うお母さんの心情を歌う、ちょっと切ない曲です。



この曲を当時は、「子ども」の立場で聞いていました。
私は結婚するまで自宅から出たことがなかったのですが、大学には遠く故郷を離れて京都に来ている友人もたくさんいて、きっと、彼らのお父さんやお母さんはこんな風に心配してらっしゃるのだろうなーーって思ったものです。



今は親の立場で聞き入ってしまいます。



この春、息子の友人たちの中にも 北海道や信州、東京、四国・・・と遠くの大学へと進学する人がいます。
お母様たちはきっと、いろんな思いで春を迎えてらっしゃることだろう・・と思うのです。



我が家の愚息は、家から自転車で15分の所の大学に進学するため 今のところ自宅通いで まだ半分旅立ったところ・・・



いつか、彼も、どこかで、故郷を思いながら頑張る日が来ることだろう・・と思います。



孤独やさみしさは、大切な人を思い出させてくれますね。
こういう経験は親子ともに大事な事なのかもしれません。



自分にもやってくる「その時」を思いながらこの曲を聞きたいと思います。


















強くてやさしいヒーロー

アンパンマンをこの世に生み出された やなせたかしさんがお亡くなりになりました。
94歳だったということです。
今年の夏にはお元気で活躍してらっしゃいました。


晩年大病を患われ、もう引退しよう・・と決心された、ちょうどその時に東日本大震災が起こりました。

その時に被災地に住む小学生の女の子からお手紙をもらわれたそうです。
そこにはこんなふうに書かれていました。

『じしんやつなみがきたけれど、わたしはこわくありません。
 アンパンマンがすぐにきて、きっとたすけてくれるからです』



このお手紙を読まれた やなせたかしさんは「責任を感じた」と、引退することを思いとどまり、
すぐに被災地へアンパンマンの声優さんたちとともに向かわれたということです。



そして、仙台に「仙台アンパンマンこどもミュージアム&モール」を作られました。


本当にアンパンマンが助けに来てくれて、子供たちはどんなにか嬉しかったことでしょうね。



我が家でも、子供たちが幼いころはアンパンマンが大好きでした。
ムスコが一番最初に書いた絵は、アンパンマンだったように思います。

ムスメは「ドキンちゃん」が大好きで、お人形をいくつも持っていました。


私のお手製の紙芝居を二人は気に入ってくれて、何回も何回も「上演」したなぁ・・・と懐かしく思い出します。





最近になって、アンパンマンのテーマ曲の歌詞がとても奥深い・・と各所で話題になっていました。
確かに、今改めて聞き直してみると 「生きるって・・・」という示唆に富んだ歌だなぁ・・と感じます。






今は「自分のことで精いっぱい」の子供たちも、もう少し大人になったら、この歌を思い出して、
「喜んで」生きてほしいな・・と思います。


小さなことでも、どんなことが本当に喜んでできることか、ということに気づいて、
自分が喜んでできることを大切にしてほしいな・・・と。


どんな「悪もの」も懲らしめられるだけだった、みんなが仲良しなアンパンマンのお話・・。
「ひもじい思い」は一番つらいこと、まずおなかがいっぱいになるように、とアンパンマンは自分の顔を差し出す・・

「生きる」うえで大切なことを、子供たちと一緒に学ばせていただいていたのですね。


やなせたかしさん、ありがとうございました。
天国でどうぞお幸せに・・・。



子供たちが気に入ってくれたお手製紙芝居(^^;
これが描けたくらい、毎日毎日毎日、子供たちと絵本やビデオを見ていたのです・・・

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アンパーンチ
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春休みのおかあさん

えーー・・・そんなわけで、春休みなんですねーーー今。


うちの子は3歳違いで、入学や卒業が3年に一回 回ってきて、今年は当たり年でおかーさんは何かと忙しい春なのです。


ムスメは中高一貫の高校へ進学。
ムスコは、高校を卒業し4月からはめでたく某予備校生になります(T-T)
そーです。ろーにんするんだそうです。



それで、もう制服も着なくなるし、いろいろちょっとお兄さんっぽいお洋服や靴やバッグがほしいんだとか生意気なことを言い出して・・・

私がお買い物につきあうことになりました。


このくらいのトシになったら、もうムスコと出かけるなんて事はないんだろうなーって思っていたのですが、
最近の子は、意外とお母さんと出かけたりするものなのだそうです。
(ママ友リサーチ)



いっぱいお買い物して疲れたので、ちょうどおやつの時間だしお茶にしましょう、と休憩。



ここで、ムスメとなら 絶対に二人でケーキセットとか注文して、それで違うケーキを選んでお互いにちょっとずつ味見したりするのですけど、ムスコの場合は、がっつりと なんとかかんとかペペロンチーノ。

もちろんお昼はしっかり食べてますよ(^^;



あ~~パスタの食べ方へたくそ・・・これじゃーデートの時にたいへんだ・・・大丈夫か・・ムスコ
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荷物持ちにはちょうどいいけど、私はお買い物大好きなので全く疲れを知らず、次、あのお店に行こう!などと元気なのですが、ムスコは人混みで疲れた・・なんて言って、使えないんですねー。

ちょっとまだ、修行が必要(^^;



なんでもない 春の平和な一日・・・。
大事にしたいなぁって思います。





デパ地下で見かけた風景

平凡なおかーさんは たまにはデパ地下でおいしいお総菜を調達することもありまして・・・(^^;



昨日はデパート近くで用事があったため、帰りにデパ地下に寄りました。
仙太郎さんの月見団子と栗まんじゅうを買い求め ほくほく(^^)


「いとはん」さんで子ども達が大好きな「九条ネギのサラダ」とかちょっとしたものを見繕っていると、少し離れたところに小さなお子さん連れのお母さんが二組立っていました。


デパートご近所の有名進学塾のロゴが入ったお揃いのカバン、お子さんは幼稚園の年中さんくらいかな・・
一人は紺色のセーラー服のようなかわいいワンピース、もう一人のお嬢ちゃんはバーバリーの大柄デザインのワンピース姿で、どちらも髪を大きなリボンでかわいく結んで貰い、本当に品のよい親子二組でした。


セーラー風ワンピースのお嬢ちゃんには下に赤ちゃんがいるらしく、お母さんはベビーカーを片手で揺らしながら、片手には高級ブランドバック。
仕立ての良さそうなワンピースに高めヒールのパンプスという「素敵なマダム」風でした。


なぜこんなによく覚えているかというと、「いとはん」さんはとっても人気のお店でいつも混み合っていて、長い時間待たなければいけないんですね。
私は その親子の一つ前の順番でした。


そして もう一つ。このお母さんが長時間待っている間、ずうっとお嬢ちゃんに「話しかけ続けて」いたのです。


子どもは長い時間目的もなくじっとしていることが苦手だと思うのです。
案の定、この女の子もじっとしていられなくて 赤ちゃんを覗いたり、お総菜が並んでいるショウウィンドウをぺたぺた触ってのぞき込んだりしていました。


その度にお母さんは
「赤ちゃん 起こさないで。○○ちゃん。お母さんの目を見て。今お母さんなんて言った?」

「○○ちゃん、お母さん、何回目?お母さんの目、見て。ほら、赤ちゃん触らない」

「そこ触らないの。さわらないで。今 お母さんなんて言った?」

「あ、ショウウィンドウ、汚した。さ、ふいて。ちゃんとふきなさい。」

「ふけないの?自分でできないの?自分で出来ないコトしたらだめでしょ。」

「こういうとき、なんて言うの」

  おじょうちゃん小さな声で「・・・・ごめんなさい」


「だめ。お母さんの目、見て。お母さんの目見て言ってないからだめ。」

「謝ったことになりません」

「お母さんの目見て謝りなさい。お母さんの言うこと聴けないの。」

「そんな子、お母さんはきらい。もう知りませ~ん。ここから一人で帰ってね。」


  小さなおじょうちゃんは ついに泣き出してしまいました。


「泣いたってだめよ。○○ちゃんが悪いの。お母さんの目を見て。ちゃんと謝りなさい。悪いことをしたらごめんなさいでしょ。」

「○○ちゃん!お母さんの目を見なさい。見ないの。じゃあ、もう知りません。○○ちゃんはここに置いて帰ります」



・・・・・・すうっと、こんな調子なのです。
今、書いていても疲れますが、私ともう一人お隣に居た年配の方とは 思わず顔を見合わせました。


もう、
「おばちゃんが一緒にふいてあげよう!ほら、ハンカチでキュッキュッって。わぁ ピカピカ~」ってやっちゃおうかな~って思った頃に 自分の注文の品が手渡され支払いの順番が・・・・。


その後、その品のよい親子はもう一組の親子と共にすたすたと去って行ったのですが、セーラー風ワンピースのお嬢ちゃんは お母さんのスカートの裾をしっかりとつかんで歩いていました。



昨今の子育ては、こんな風なんでしょうか・・・。
あの子は家に帰ってもずっとあんな風にお母さんに「指示」され続けて暮らしているのかなぁ・・
と、しんどくなっちゃいました。


確かに「悪いこと」をしたら謝ることを教えるのはとっても大切なことなんですけれど・・。
もう、あれだけ言われたら「お母さんの目を見る」のもなかなか大変そう・・なんて思ったりして・・。


こんな事が気になるのは私が「シュートメ」年代に入ってきたと言うことかな・・。


帰宅してからムスメに、今日デパ地下でね・・とこの話をしたら、

「う~~ん。」としばらく考えて
「無理矢理 言葉だけ謝らせたって意味ないよね~」
「相手を思いやることによって 悪かったなと反省できるようになれたらいいんだよね~」(発言まま)

という返事が返ってきました。


「あ、ちょっと待って。今メモするから・・」とおかーさんはあわててメモ。


ん?ムスメ・・・・意外と深いこと言うようになってきたじゃないの・・。
親ばかな母は、そんな風に思いながら おかーさんの手作りよりずっと評判のよい「九条ネギのサラダ」を食したのでした。

秋のお母さんが感じること

秋は「体育祭」や「文化祭」といった学校行事が多くて、お母さんは意外と忙しいのです。
というわけで、久しぶりの更新となりました。


私たちが子どもの頃は、少なくとも中高生の時、体育祭に保護者が応援に駆けつける・・・ということはなかったような記憶があります。

ムスメの学校は私の母校でもあるのですが・・・・。
文化祭は外に開かれていてバザーなどの催しもあったので、父や母も来てくれましたが、体育祭は「保護者席」などは無かったように思います。


でも、今は違うんですね。


体育祭の保護者席は、ムスメ、ムスコの学校どちらもいつも満席。
おじいさまやおばあさまの姿もめずらしくありません。


幼稚園から始まって、ムスコ、ムスメ合わせて一体何回目の「運動会」でしょうか。
親離れ子離れ・・・ってもう死語なのかな・・と思うくらい、保護者も一緒になって学校生活を楽しむのが平成流のようです。


親と子の距離は 意外といつまで経っても近く、子どもも思ったより親にいろいろな話をしてくれるし、仲良しです。


私が青春の頃は、親世代と私たち世代は 文化も趣味も情報も、はっきりと分かれていたように感じますが、昨今では情報ツールも共有できるし、情報、文化の垣根が低くなり、いろんな話を共有することができます。


いい時代になったなぁ・・・と思います(^^)


それでも、大学の入学式に 両親や祖父母まで一緒に参列するので 学校の講堂では会場が手狭になり、外のホールを借りるところも増えてきている・・・という話などを聞くと、これからの若者達の背負っているモノの重さを感じたりします。

大学によっては、保護者に対しての「就職説明会」があったり、「参観」があるなど、一体いつまで親は子の世界に一緒に暮らし、牽引していくのだろうと ショーワな母としては気になるところです。


親の子育てにおける一番大切な役目って何かな、と考えたとき、
それは、子どもが「一人で生きていく力を付けるように」育つのを見守ること、だと思います。


一人で生きていく力を付けるためには、たくさんの失敗を経験することが大切ではないかといつも感じています。
失敗をすれば、次に同じ失敗を繰り返したくないので工夫したり考えたり出来、それが子どもの成長につながると思っています。

「見守る」ことは意外と難しく、ひやひやするのですが、いつまでも足もとの小石を先に拾ってやるわけにはいきません。

小石に時には躓いて、時には転んだりして、自分の足で歩くことがでこぼこの道をしっかり歩くための練習です。


少々遠回りになるかも知れません。
でも、親の手で近道を教えて貰った人生は、ちっともおもしろいとは思えない・・私はそんな風に感じます。


昨日、ノーベル医学・生理学賞を受賞された京都大学教授の山中伸弥さんも「たくさんの失敗が発見につながった」というようなことをおっしゃっていました。


要領の良さや近道ばかりにとらわれず、無骨と思えてもこつこつと歩むことも大事なのだと思いました。
平凡なお母さんから産まれた平凡な我が家の子ども達ですが、ゆっくりとかみしめながら人生を歩いて行ってほしいな、と思います。




おかあさんの宿題

長い長い夏休みが終わり、我が家にも日常が戻ってきました。



夏休み、宿題がだくさんありますね。
実は、お母さんにも「宿題」があるのです・・・(^^;


それは、子どもの学校のバザーに出品する手作りグッズの作成作業・・・・。


毎年!!


今年は こんなのを作りました。


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箱に入れるとちょっとサマになるかな~・・
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ハァハァ・・・・これくらいのものでも、私にとってはけっこう大変で・・・(^^;
作るのは好きですが、自分用ならごまかせるところも バザー用に出品するとなると、ほら、ちゃんとしなきゃいけないでしょ・・・。

おおざっぱな私には そこがキビシイところです・・。

これは 昨年の宿題

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自分んち用にも・・・


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カボチャの上にクロネコちゃん。
これ、ローソクなんですが、ぜっっっったいに 使えない(^^;


ハロウィンにクロネコ・・
なんででしょう?




『なんでかにゃあ・・』

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子どもと私

大津での「イジメ事件」を発端に、各地で中学生の「イジメ」が連日報道されています。


同じ年頃の子どもを持つ私としては、知るほどに心が重くなります。



「イジメ」というような言葉では表現できないような内容の「暴力」であり「傷害事件」であると感じます。
いったい、何故、こんな酷いことを「遊び」と捉える子がいるのでしょうか・・




ブログのお友達であり、心の問題の師と仰いでいる(私が勝手に^^;)
 カウンセリングルーム M.heartのmasumiさんが、専門家の立場から子どもの発達の仕方を詳しく書いていらっしゃいましたので紹介させて頂きます。


  ◆子供の発達について #1 生後0~6ヶ月ごろ

  ◆子供の発達について #2 生後6カ月~6歳

  ◆子供の発達について #3 児童期~青年期


  

どの時期も、子ども達の発達には大切な時期だと言うことがわかりますが、
生まれたその時から、その子の人間形成が始まっているのだと知って、改めて大人の責任の重さを感じました。


masumiさんへのコメントでも書いたのですが、私は赤ちゃんが生まれるまで、「特別に好き」と言うこともなかったのです。
ところが生まれてみると、そのかわいさに もう何にもしないで一日中抱っこしていたいくらいでした。

自分が育てる、なんておこがましい・・
育つのを「お手伝いさせていただいている」ようなありがたいような気分でした。


それほどに、赤ん坊はかわいく創られていて、何かして上げなくてはいられないような存在なのです。
(猫とかに似てたりして・・・そういえば・・・)



この頃の赤ちゃんは「絶対的な安心」の中で育つのがいいそうで、
オット母の「抱き癖がついちゃって 後が大変よ」という忠告にも
「だって、こんなに抱っこできるのなんて、今だけだもん」と言うことをきかないヨメでしたけど、
抱っこして正解!とmasumiさんに言っていただいて、ちょっぴり安心しました。


動物の赤ちゃんも、ペットショップでは小さい子が好まれる傾向があり、あまりにも早い時期に親から引き離されるため、情緒不安定な犬や猫になり、無駄吠えや社会性が無いなど弊害が多くなるそうです。
(それで、動物愛護基本法の改正では せめて8週齢以下の犬や猫の展示販売を規制するよう提案しましたが、8週齢でも小さすぎるように思います。)


その後 子ども達の発達には、親以外の人との関わりも多く関係してくるようです。
それでも、いろんなことに傷ついたり、相手を思いやったりしながら育っていく中で、
重要な役割を果たすのが 赤ちゃんの頃に培った「絶対的な安心」だとmasumiさんは書いていらっしゃいます。


また、masumiさんは、7~11歳の時期を次のように書いていらっしゃいます。

  『・・・・小学校に通う6~12歳を「児童期」別名「ギャング・エイジ」と
   呼ばれます。一人遊びからごっこ遊びを経て、同年代の繋がりが
   深くなって気の合う同性の仲間で集団が形成されていきます。
   秘密基地を作ったり、仲間内の遊びを楽しみます。
   スイスの心理学者、ピアジェによりますと、7~11歳は論理的思考を
   身につけ、親以外の価値基準や他人の立場を理解する時期だと言って
   います。
   仲間と行動するなかで、他人との信頼関係を築き協調性や責任感
   などの基本的な社会性を身につけます。
   人の成長には欠かせない、ギャング集団ですが、最近はこの集団を
   見かける事が少なくなっています。・・・・』



ところが、この時期 子ども達が子ども達だけで遊ぶという環境は、今の日本にはないように感じます。
このあたりの育ち方が、その後の子ども達の成長に関わっているのではないかと思ったりするのです。


私も子育てをしていて一番難しいと感じた時期でした。
幼稚園や小学校の頃は、本来なら「小さなもめ事」は子ども達同士で解決していけることが望ましいと思いましたが、
どうしても、そこに保護者同士の気遣いが関係してきて、放っておくわけには行かない場合も出てくるのです。


また一方、「小さなからかい」が集団となって一人を攻撃する、といった方向に発展してしまう場合もあります。
昔なら、年長の子が「そんなことしたらダメだ」と叱ったりして、大事にはならなかったのかも知れませんが、
今は、大人がその芽を摘み取らなくてはならないのかも知れません。


幼稚園や学校の先生方もとても気を遣われているのがよくわかります。



今 我が家の子ども達は思春期まっただ中。
ムスメは、イジメ事件の当事者達と同じ年頃です。


最近では、自分たちの世界が徐々にできてきて、私がムスメやムスコから教わることもたくさんあります。
毛皮を採ることのためだけに残酷に殺される動物のことを教えてくれたのは、ムスメでした。


うちの子と同じような年頃の子が、人に危害を加えることを楽しいと思うような すさんだ気持ちで居ることが、不憫でなりません。

酷い目に遭った子はもちろんですが、人に嫌なことをして喜ぶような心でいるいじめる側の子にとっても、
こういう事は、周りの大人が早く発見して、双方を保護し ケアしなくては・・と思います。

「どんなつもりだったか」と言うことより、「何をしたか」が肝心なのだということに気づいてほしいなと思います。




私は以前、朝日新聞の『天声人語』でこんな意味合いの一文を読んだことがあります。
細かい文章は違うかも知れませんが、意味合いはこんな風でした。

  『この国の子ども達は 何でも持っている。
   ただ一つ、彼らが持っていないもの。それは 未来への希望だ』




何もかも、おぼれるくらいに与えられている日本の子ども達。
ところが、何故かそんな中から「希望」は生まれない・・。


幼い頃からモノがふんだんにあり、ほしがる前に与えられ、育つ前に育てられ・・・
足もとの小石はすべて取り払われ、重すぎる愛の下に育つ子ども達。



自分の子育ても振り返りながら、今や「子育て」は社会的な問題になっているのだと言うことを実感しています。



幸せな人生を歩んでほしい。



母の願いはそれだけなのですけれど・・・・・。










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Espero Lumo

Author:Espero Lumo
ようこそ*^^*
1994年生まれ22歳のおじーちゃん猫「コネちゃん」の下僕です。
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