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今年の祇園祭 

台風・・・
皆さんのお住まいの地域は大丈夫でしたか?


あ、おひさしぶりです^^;ちょっと、まー、例のアレ?^^;

お・さ・・・・・・「もうええわ!笑」自分でつっこむ^^;


今日は祇園祭の前祭り(さきまつり)の山鉾巡行の日でした。
こんな時期に台風がやってきて、一時は実行が危ぶまれました。


前日も強風のため、お提灯は外されロープでつながれていました。
こんなのを見るのは初めてです。
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でも、朝には暴風域が無くなっていて無事に執り行われることになりました。

とは言え、朝からものすごい雨だったので 観光の方たちも鉾や山を曳く人も、鉾の上の人も、お供で歩く人も・・・
みなさんずぶ濡れのハードな巡行になりました。

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お供で歩く小さなお稚児さんも疲れちゃったごようす・・(長刀鉾のお稚児さんではありません)

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それでも山鉾巡行が天候が理由で中止されたことは過去、一度もないそうです。


夕方のニュースでこんなことをやっていました。

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保存会の方から聞いた話では、「本能寺の変」の時には延期になったけれど執り行われたというお話もあるそうです。


また、明治17年にも大雨が降ったことがあって、その時は何基かは巡行を始めたのですが、当時道が舗装されていなかったためにぬかるみで動けなくなったことがあったそうです。

当時は、昨年から戻ったように「前祭り(さきまつり)」と「後祭り(あとまつり)」に分かれていたので、後祭りの山鉾巡行の24日の前日に前祭り(さきまつり)の巡行をやり直した、ということがあったそうです。


もともと祇園祭は「災いや厄」を集めて祓う祭事なので、悪天候そのものを祓ってしまうために行われるのだそうです。
だから「小雨決行、大雨強行」なのだそうです。


これまでに中止になったのは、自然災害ではなく「戦いや争い事」、そして「鉄道の地下延伸」というそれぞれ人間たちの都合だったのですね。


この先、戦いや争いごとでお祭りが中止になるような事がなければいいな・・・としみじみと思いました。


お守りの粽(ちまき)
ちまき

これはお守りで食べられません^^;
小さい頃、食べられない、とわかって泣いた食いしん坊な私です^^


昔はこの粽を動く鉾から沿道の人にたくさん撒いたのです。
でも観光客も増え、粽を取ろうとする人たちが殺到したり転んだりして危険だということでいつのころからかそれはしないことになりました。


私は7月末の生まれなのですが、母は臨月の大きなおなかで山鉾巡行を観に行ったのだそうです。
その時、日傘をさしている腕と大きなおなかの間に投げられた粽がスポッと落ちてきて挟まったので、周りの方たちから拍手が起きたのだとか^^

そして、「きっと無事に元気な男の子が生まれますえ~~!」と言っていただいたそうです^^;

小さい頃、お祭りが来るとよくこの話をしてくれましたっけ。

私が小さい頃はまだ、鉾には女性は乗せてもらえませんでした。
今もお囃子は男性だけ。

今は観光用にお囃子の合間には誰でも鉾の上に上がれますが、昔はそんなことも許されませんでした。
だから「元気な男の子!」と周りの方も思われたのでしょうね^^


鉾を見るとそんな思い出話を思い出します。




こちらは美味しくいただける仙太郎さんの粽
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24日には後祭りの山鉾巡行があります。
お天気に恵まれるといいな、と思います。



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8月16日の京都

昨日8月16日の京都は、これまでに経験したことがないような大雨が降りました。

お昼前ごろからお昼過ぎごろまで、窓の外が真っ白になるくらいの激しい雨だったのです。

誰もが
「今夜の送り火は大丈夫かな・・・」
と思われたことでしょう。


あっという間に都会の排水能力は限度を超えて、五条通や堀川通といった広範囲から流入する幹線管渠(かんきょ)がある大通りは、マンホールから噴水のように水が噴き出したという事です。

マンホールのふたが飛ぶなどの被害はなかったようですから、そのあたりの対策はとられていたようでよかったです。

 京都・中京など記録的豪雨 マンホールから雨水噴出ーーー京都新聞


京都では、御所がある周辺は災害に強い、という都市伝説があるのですが・・・・
京都御所の真ん前の烏丸丸太町の付近は、排水溝に葉っぱが詰まるなどして冠水してしまいました。







我が家は「煉瓦のお家」ですから、家の中にいる分には何という事はありません。
ただお外の猫ちゃんたちが心配になるのです。

この辺は、隠れるところもたくさんあるのですが、鴨川などは急激に増水しましたから 日ごろ河川敷にたくさんいる猫たちは大丈夫かな・・・と気になります。



鴨川のようす




こんな天候の中、心配されていた五山の送り火は無事に点火されました。

聞くところによると、五山の送り火はお盆のお帰りを送る大事な宗教行事なので、あらゆる手を尽くして執り行う努力がなされるという事です。
多くの方たちのご尽力で、無事に五山に火が点りました。



金閣寺の方にある左大文字が少し点火が遅れました。
やや煙った感じはありましたが、きれいな送り火でした。
(画像は京都市観光協会より)



東山如意ケ嶽の「大文字」
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松ケ崎西山(万灯籠山)と東山(大黒天山)の「妙法」
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西賀茂船山の「船形」
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金閣寺附近の大北山(大文字山)の「左大文字」、
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上嵯峨仙翁寺山(万灯籠山・曼荼羅山)の「鳥居形」
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五山の位置
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煉瓦のお家の屋上からは、五山すべてが見渡せるのですが、スマホでは写真は上手にとれませんでした(いや、高性能のカメラがあっても…私のウデでは・・・・^^;)


混んでいなければ、鴨川の河川敷や橋の上からの眺めが私は好きです。
でも昨日は増水していたので、河川敷は立ち入り禁止になっていたようですね。


高い建物が無かった頃は 御所から五山が見渡せたという事です。


大文字送り火の起源は明確にはされていないようですが、京都市観光協会のHPによると、
  『大文字送り火はおそらく近世初頭にはじめられたものと思われる。近年大文字送り火に関する古文書、ならびに大文  字山が銀閣寺領であったという資料が銀閣寺から発見され、これらの記録から送り火は室町中期足利義政を創始者   とする説がもっとも正しいように思われると地元ではいっている。』
ということです。

詳細はこちらをご参照ください。⇒点火の起源

また、以前は
 『 「い(市原野)・「ー」(鳴滝)・「竹の先に鈴」(西山)・「蛇」(北嵯峨)・「長刀(観空寺村)なども、送り火として点火されてい  たが、早く廃絶に帰した』
ということです。


地元の方たちの信仰とともに興った行事なのだと思われます。



今日も京都は変わりやすい空模様だという事です。
京都を訪れてくださっている方たちもどうぞお気を付けくださいね。




今年の祇園祭

今年も祇園祭の7月がやってきました。

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以前にも書いたのですが、祇園祭は7月の初めから終わりまで続く 長い祈りのお祭りです。


例年は、17日に山鉾巡行があり、14日~16日の夜は大通りも歩行者専用道路になって 夜店も出てにぎわいます。


しかし今年は、約50年ぶりにお祭りを本来の形に戻すということになり、これまですべての山鉾が同じ時期に建てられ巡行したのですが、
それを、前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)というように分け、本来の形に戻すことになりました。

こちらをご参照くださいね⇒祇園祭 「前祭・後祭」復活 2014年度の山鉾巡行について

                 日程について



巡行は2回に分けて行われることになりました。


もともとの神事に忠実な形に戻されたということです。


かつて、巡行は 狭い三条通、寺町通りを通っていたそうですが、1960年代半ばからの高度経済成長に伴う車の増加による交通事情や、観光事業先行という考えのもと、前祭と後祭はひとまとめにされ、観光主体のお祭りになってしまったのだそうです。


約50年の月日を経て、やはり これは神事なのだから、長い伝統に忠実な形に戻すということになりました。
また、今年は、かつて 天命の大火(1788年)や幕末の蛤御門の変(1864年)による火災で焼失し、以降は休み鉾となっていた 大船鉾が復興します。


船の形をした鉾は、「船鉾」がありますが、さらに一回り大きな鉾だそうです。



昨今、どこの町でも伝統の神事が観光主体となり、ともすれば経済性優先の「町おこし、村おこし」的な存在となって、
本当の意味や祈りの気持ちはどこへ行ってしまったのだろう・・・というような事が多いように感じていました。


京都だって、これまでのような形のほうが観光客の方たちにも来ていただきやすいし、交通渋滞なども短い間で済むので いろいろと「都合」はよかったのかもしれません。
でも、やはり「神事」としての価値観を大事にし、本来のお祭りの形に忠実にあろう、と今回の形にした京都の姿勢を、私はすばらしいな、と思います。


なんでもかんでも、お金さえ動けばよい、というものでは無いと思うのです。

お祭りは、何より「祈りの行事」です。
これからの祇園祭は、本来の姿に戻り 少し静かな地元のお祭りとして受け継がれていくことと思います。


夏の気配

みなさんがお住まいの地域はいかがでしょう。暑いですか?


京都は今週に入ってからというもの、真夏を思わせるような暑さが続いています。
今日はカラッとした夏空ではなくて、どよんとした灰色の空・・・
しかーも!
あついのです。


iPhoneの「天気」というアプリを開けてみたら、
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ほこり・・・・(´・ω・`)


あの・・・・京都・・・ほこりっぽい???

いやぁ~、毎朝、京都の人は「かどはき」と言って家の前の道をきれいに掃き清める習慣があるので・・・
そんなに埃っぽいはずないんですけどーーーー

「かどはき」とは、「かど」は外のことを表す言葉で、「はき」は箒(ほうき)で掃くこと。
つまり、自分の家の前の道をきちんと掃いて、最後にお水を巻いてきれいにお掃除をする習慣のことです。


ちなみに、この習慣にはちょっとした暗黙のルールがあります。
自分の家の前の道幅の半分までと、家の間口の幅だけを、綺麗に掃いて水撒きをすることが大事です。
お隣の家の前、お向かいの家の前は掃きません。

イジワルでそうするんじゃないんですよ。
よそさんの家の分までお掃除することは、親切ではなく、お隣さんやお向かいさんに恥をかかせることになるんです。
自分の家の前を、お隣さんに掃除してもらうことは恥ずかしいこと・・という考え方なんですね。

真冬でも必ず朝から水撒きをします。道が凍ります。危険ですが習慣なので実行されます(^^;)


さて、それはさておき、そのようにいつの季節もきちんとお掃除が行き届いているはずの京都に「ほこり」・・・???


それで、調べてみたら、たぶん!これじゃないかと・・・

気象庁 黄砂情報
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ついでに今日の京都市役所あたりのPM2.5
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注意喚起ほどではないけれど、基準値よりは上・・・・


で、息子の見解では、iPhoneは米国製なので気象用語も英語をそのまま日本語に直訳してあるんじゃないかと・・・
「dust storm 」で 「砂塵あらし 」というようですから、黄砂が飛んできていて砂塵っぽいのを「dust」=「ほこり」・・・
というわけではないかって・・・・あとはtomotanさんに教えていただきましょう(^^)


まぁ、そんなわけで、外は暑いばかりでなく空気も悪そう・・・
私はお家でゆっくりと頂きものの 麩饅頭でお茶にしましょ。



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この麩饅頭は五条大橋の「半兵衛麸」さんのものです。

もっとおいしそうに撮れている画像を・・
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生麩の生地でこしあんがくるまれていて、甘さ控えめ、大きさも控えめのやさしいおまんじゅうです。
お抹茶は夏茶碗で点てました。

暑い夏はお茶が早く冷めるように、浅いお茶碗を使います。

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冬は、お茶が冷めにくいように深い「冬茶碗」

こんな感じです。ずいぶん形が違います。
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これは、娘時代にお茶の先生からいただいたもの。
「えすぺろさん、犬とか猫とかお好きやさかいに。これ、めずらしいでしょ。犬の絵柄のお茶碗」
と、くださった思い出のお茶碗です。


これからま~だまぁ~~~だ暑くなる予定の京都・・・
暑いのはもう仕方ないとして、有害物質入りの「ほこり」があっちの方からやってくるのはいやだなぁ・・・などと 麩饅頭をほおばりながら思っています。


みなさまも急な猛暑・・・ご自愛くださいませネ!

京都の年越し

年が明けてもう5日・・。
今日は「寒の入り」ですね。

寒の入りを迎えると、出しそびれた方へのお年賀状は「寒中お見舞い」としてお出しするのが礼儀だということです。





皆さんはどんなお年越しでしたか(^^)


私は混雑した場所は苦手なので、真夜中はお出かけはしません(^^;
家でゆっくりと午前0時を過ごします。


眠くて、早く0時にならないかなぁ~~~、といつも心待ちにして 0時になると家族で「あけましておめでとうございます」とご挨拶。
コネたんも無事に年を越すことができました(^^)




「早よ寝よーーー」こねお
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京都の年越しはというと、京都の真ん中あたりに暮らす人たちにとっては やはり、知恩院さんの除夜の鐘と八坂神社での「おけらまいり」でしょうネ。


昨年、太田康介さんの「のこされた動物たち」写真展&報告会が開催された 京都東山の知恩院さん。


このお寺さんの鐘は、ちょっとすごいんです。



こんな感じです。


YouTubeより

この年は、大晦日にめずらしく雪が降ったのでしたっけね。


昨今、お寺さんの宗教行事も観光イベントとして注目を浴びることが増え、大晦日当日はものすごい人出となります。
お隣の八坂神社の「おけらまいり」の人出と相まって、もはやゆっくりと年越しをする雰囲気ではないのが少し残念。


ちなみに、おけらまいり とは、八坂神社のおけら灯ろうの「御神火」を火縄に受けて家に持ち帰り、新年のお雑煮を炊く火に使う、という神事です。
火が消えないように、火縄をクルクルと回しながら家路を急ぎます。


乗り物には火をつけたままでは乗れないので、遠方の方はせっかくの火を消さなくてはならないのですが、火縄は「火事除け」のおまもりになるということです。



YouTubeより




年末、錦の市場に行った時も 大勢の観光の方を見かけました。
京都での年越し、楽しんでいただけたでしょうか。



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錦市場もお魚屋さんなど食材を扱うお店より、お土産物屋さんや食べ物屋さんが増えて 地元の台所、という感じからは遠くなってきています。
残念ですが、これも時代の流れなのでしょうか・・・ね。








顔見世

気ぜわしい年末ですが、先日 京都南座の顔見世に行ってきました(^^)


歌舞伎のお話、ちょっと書かせてくださいませ。



南座は、祇園 四条大橋のたもとにある古い芝居小屋です。
すぐわきを流れる鴨川の「四条河原」は、出雲阿国(いずものおくに)が舞を舞ったという歌舞伎の発祥の地、と言われています。


江戸時代、このあたりには七つの芝居小屋があったということですが、火事による消失などで明治の初めごろには
四条通を挟んで 北座と南座の二座となり、その後、四条通の拡張工事により現在の南座だけが残りました。





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実は、JKのムスメが 香川照之さんの大ファン(シブイ!とお友達からは言われています^^;)なのです。(注:JKとは女子高生のことです^^。使ってみたかっただけです)
香川照之さんは、お父様が 今回市川猿翁を襲名される前の市川猿之助さん。


小さい頃にご両親の離婚で歌舞伎界とは離れた場所で成長されましたが、やはりDNAのなせる業、でしょうか・・・
「この船に乗らないわけにはいかない」(ご本人の言葉)と、46歳にして歌舞伎界へと足を踏み入れることを決心されました。


そして、今回の 市川中車を襲名されることになりました。


一年間の襲名披露公演も、この歌舞伎発祥の地京都で最終公演となります。



まねき。これが上がると京都は「もう 師走どすなぁ」と・・
年末の風物詩の一つです。
江戸文字の一つ「勘亭流(かんていりゅう)」という書体です。
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娘としては、「見届けたい」と(笑)いうことで、じゃあ あなたもそろそろ「歌舞伎デビュー」としましょうか、
と二人で出かけることになりました。


ムスメ。手に持っているのは南座限定販売「八ッ橋サンド」(^^)
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歌舞伎はもともと、江戸庶民の娯楽で「楽しい」もの。
ところが、現代の言葉とは言い回しやリズムなどが違ったり、歴史的なお話が多いことから なんとなく「高尚なもの」「堅苦しいもの」というイメージをお持ちの方も多いようで、とても残念です。


欧州のオペラもそうですが、もともとは今の「ジャニーズ」とか「AKB」なんかと同じような、庶民の楽しみの芸能だったのです。
力を抜いて、楽しむのがいいのです(^^)


とはいえ、「デビュー」は今後の歌舞伎に対するイメージを決定する大事な機会ですから、こちらもいろいろと考えます。


で、見た目にも楽しくちょっと賑やかな「義経千本桜 四の切」の演目が上がっている「昼の部」にまずは行くことにしました。


これは、キツネが出てくるお話なんですよ(^^)


『静御前が大切にしている「鼓」が親狐の革でできていることを知った子ぎつねが、親狐恋しさに義経の家来に化けてお屋敷に忍び込みます。


「なんかおかしいな」と思った義経が、静御前に「鼓を打っておびき寄せてごらんなさい。怪しかったら切り捨てなさい」と言って隠れています。


 静御前が鼓を打つと、家来に化けた子ぎつねが「ひゃーーん(って鳴くそうですよ。キツネは。あるスジの方によると)」と出てきます。


 静御前に切られそうになった子ぎつねは、正体を現し 「実はその鼓はお父さんお母さんなんです…恋しい恋しい」と泣きます。


 そのことを知り哀れに思った義経と静御前は、鼓を子ぎつねに返してやります。


 鼓をもらった子ぎつねは、うれしくて お父さんお母さんが恋しくて、「ひゃーーん、ひゃーーーん」と舞うのです。』






※今日29日午後9時~ NHK Eテレ で放送されます。



宙づりの演技は、一時期歌舞伎界ではアウトローのように思われた時期もありましたが、江戸時代には「けれん」と言われ人気だったとか。

ムスメもすごく楽しかったようで、千秋楽のチケットが奇跡的に手に入り、夜の部も出かけることになりました。


独特の雰囲気の客席
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福山雅治さんから贈られた「幕」
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東京の歌舞伎座は、着飾った「いかにも」という雰囲気の方も多いですが、京都はわりとみなさん気楽にいらっしゃっている感じがします。


私の祖母なんかの時代には、昼の部、夜の部通し券、とかがあって 朝10時ごろから夜まで遊べる ちょっとしたテーマパークのような場所だったようですよ(^^)



幕間が長いので、その間に予約しておいたお弁当を食べたりして 浮世を忘れてのんびりと楽しむのがお芝居のいいところ。



ムスメも楽しんだみたいでよかった(^^)



四代目猿之助さんのお父様の段四郎さん、中車さんのお父様の猿翁さんは体調不良でお休みだったのが残念でしたが、中車さんのファイトいっぱいのお芝居に感動しました。



何歳からでも「いやーもう無理だ」なんて言わずにチャレンジされる中車さんの姿は、とても感銘を受けます。
一度しかない人生ですものね。
自分に正直に生きることは、大事なことだと思います。



今年もあとわずか。
みなさま、よいお年越しをなさってくださいね!

台風

三連休の最終日16日朝5時ごろ、聞き慣れないアラーム音が鳴って目が覚めました。



スマホには「特別警報」と言うメールが…





前日から既に、大雨洪水警報が発令されていました。


我が家は近くに氾濫しそうな川もないし マンションなので、どこかに避難しなければ、と言うような危機感もなかったのですが、テレビ見てみよう…と点けてみると……


嵐山 渡月橋




こんな嵐山、見たことがありません…


この時点で、渡月橋周辺は水浸しだったそうです。


避難指示、と言う一番強い「逃げなさい」と言う情報が京都府から出されたのは、この後一時間位経ってからでした。


避難指示が出たのは、鴨川、桂川の流域で対象は26万人…
京都市では上京区、中京区、下京区、山科区を除き北、左、右、西、南、伏見区が対象で、
これはすごい事になっている、と感じました。

これも、これまでに経験のないことです。


でも実際に避難した人は約1%だったそうです。


鴨川もこんな感じでした。


これは、16日午後、どうしても鴨川を渡った所に行く用事があった娘に付き添って行った時に撮った写真です。

もう、かなり水かさは減っていましたが、



こんな鴨川も初めてのことです。

一時はカップルのデートで有名な河川敷も隠れてしまうほどだったようです。


荒神橋の辺りには、猫がたくさんいる場所があり、みんな無事だっただろうか…と気がかりです。


鴨が避難している画像がありました


鴨とカピバラ?ヌートリア?





オオサンショウウオも打ち上げられていました

いずれもネットより


動物たちにも大変だったでしょう。
みんな無事だといいけど。


京都市では、ケガをしたり亡くなったりした人がいたなどの被害の報告は無く、ホッとしましたが、連休と言う事で京都を訪れてらっしゃった方たちには、本当にお気の毒な事でした。


京都は災害の少ないところ、と言う思い込みは危険ですネ。


本来なら、大雨洪水警報 の段階で自分が暮らす場所が危険な所かどうか見極めて、避難すると言うことが望ましいのでしょう。


せっかくの「特別警報」ですが、この警報を待ってから動くのでは遅いと感じました。


嵐山では今、復旧に向けて懸命な作業が進められているようです。

昨日、「今日、午後からはお店を開けます!」と頑張ってらっしゃるアイスクリーム屋さんをテレビで見ました。


皆さん、また京都に来てくださいね。



いつもの嵐山





ツイッターやコメントからご心配のメッセージを頂いてとても嬉しかったです。
ありがとうございました^_^


おかげさまで えすぺろ家は無事です。



ーーーPC不調のため、タブレット端末で書いています。
画像など見にくいかもしれません。
申し訳ありませんm(_ _)m

もうすぐ新しいPCが届きます^_^楽しみ!ーーー

『あーつーいーー・・んです。京都・・・』

ちょっといろいろ忙しいと、あっという間に時間が経って・・。
なかなか、更新しないブログですよねー。すみません。



今日の京都は、まだ6月だというのに 36ど
・・でも、これ、日陰にある百葉箱(なんか、なつかしい響き)の中での計測ですからね。
リアル気温はぜっっっったいに!40度くらいあったはずです!



ちょっとお出かけの用事があって、午前中から日傘を持って出かけました。



・・・・よく死なずに帰ってこれたなぁ・・・・というほどの猛暑でした・・・。

ほんまに死ぬかと思いました・・・。



夏の京都といえば、鴨川沿いのお店が夏の間だけしつらえる、「床(ゆか)」の季節。
川床(かわどこ)とも言うのですが、鴨川は「床(ゆか)」と言います。



「いやぁ、もう床の季節やねぇ~」(訳:「あら、もう床が出るような暑い季節がやってきましたね」)
「今日は、床のとこでごはん食べよかー」(訳:「今日は、せっかくだから床のところでお食事にしましょうか」)

などと使います。



床 画像はネットより
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手前はスタバです。



昔は、祇園祭の頃の7月くらいから2ヶ月ほどが「床」の季節でした。
それも、夕暮れ時の涼風が吹く頃からしか床で食事などはしなかったように思います。

最近は 5月の連休ごろから9月頃まで「床」がしつらえられるようになり、昼間もランチやお茶ができるようになりました。


エアコンなどない昔は、床の下を川の水がさらさらと流れ、夕暮れ時ともなると涼しくなったのでしょうね。


でも、今は 正直 真夏は部屋の中の方が涼しくお料理をいただけます(^^;
床を楽しむには、昼間なら5月の間に、夜でも7月まで位が「旬」となってしまいました。


床には屋根がないので、途中で雨が降ったりするとちょっと大変。
四条木屋町を下がったところにこじんまりとしたスキヤキ屋さんがあり、学生時代にはみんなでよく行ったものですが・・・

そこは、床でスキヤキをしていて夕立などが降ってくると、まず、お鍋に「自分たちで」ふたをします。
それから、各自 自分の器やお箸、コップなどを持って、キャーキャー言いながら部屋の中へ駆け込むのです。


雲行きが怪しくなってきたら、お店の仲居さんが「学生さん、そろそろあぶのおす。ふた、用意しときまっさかいに」(訳:「学生さん、そろそろ雨がアブナイですよ。ふたを用意しておきますから(自分たちでやってね)」みたいな感じで、楽しかったですねーー(^^)


上等なお店なら もちろん仲居さんが全部運んでくれるんですけどね。



大文字の送り火を床から眺め、お盆にお酒をついでそこに大の字を映し飲み干すと願いが叶うとも言われています。




夜の床 画像はネットより
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今日は、床でランチの予定でしたが あまりの暑さに全員めげて屋内に場所を移して貰いました。



食べるのと喋るのにいそがしくて、写真がこれしかないです(^^;

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いや、もうデザートやん。写真撮ってへんやん。えすぺろさん・・。


もちろん、「応援隊の輪」は広げてきましたよ!

夏支度

あれっ!!!
気がついたら5月でしたよーー。


ブログもすごく長い間更新していませんでした。
ご訪問して下さっていた方たち、申し訳ありません!!


昨年の今頃は、法然院さんでの「のこされた動物たち」報告会で忙しくしていましたっけ・・・。


今年も、法然院さんでの東北を思う「悲願会(ひがんえ)」では様々な催しやバザーがあります。
近辺の方、お時間ありましたら是非足を運んでみて下さいネ。


さて、私は・・・というと、今年は浪人生の母、JK(=女子高生、のことをこんな風に言うのだそうですよ。昨今のちまたでは・・JyoshiKousei の略なんですって)の母としてのお役がなんかけっこうあって、時間をとられています。


まぁ、こんな風な形でお母さんを実感できるのも あと少しでしょうから、喜んでお時間提供しています(^^)


・・・という感じで過ごす連休の合間の平日の今日、久々でブログを更新しています。


とてもいい季節になりましたね!
今日は少し肌寒いですが、空気が乾いていていい気持ちです。


この時期、私はいつもどのように過ごすかというと・・・実は「プチおおそうじ」をします。
年末の寒い寒い時期に 水仕事を極力省くためです(おさぼりとっても上手)


実は ずーっとずーーっと昔、私が幼い頃、京都では年に2回大掃除をしていました。(日本中?でしょうか?昔をご存知の方、いかがですか(^^;)


6月はじめごろの梅雨入り前と、年末の2回です。


ご近所で日を決めて、一斉に行うのです。
全部のお部屋の畳を上げて、外でパンパンして、建具を夏用のものに変えます。


家族だけでは人手が足りないので、職人だった父のお弟子さんや、人を頼んだりして行いました。


障子は、葦(よし)という水辺に生える植物を使って作った「簾戸(よしど)」(「夏障子」「御簾戸(みすど)」「葦戸(すど)」、とも言います)に入れ替えて、風通しを良くして夏を過ごせるようにします。


障子から・・・

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簾戸(よしど)に。畳には 籐筵(とうむしろ)を敷きます。


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私の実家も町屋でしたから、昔はそんな風にしていました。


いつの頃からか、そんな習慣も無くなり、家も暮らしやすいようにあちらこちら手を加え、夏はエアコンで乗り切る、という文化になってしまいましたが・・。


考えてみれば、高温多湿の京都では、夏に入る前に着物を虫干ししたり大掃除をすることは、虫の繁殖を抑えたり衛生面からも理にかなったことだったのだろう・・と思います。



というわけで、水回りやベランダ、押し入れやクローゼットは、この時期になるべく(え~~正確には「できる範囲で(^^;」)ちょっとおそうじしておくように心がけています。


京都の人間どっさかいに~(^^)(訳:京都の人間ですから。)



地震と京都

おととい土曜日の早朝、聞き慣れないアラーム音で目覚めた方が関西には多かったのではないでしょうか。


私は毎朝、スマホの目覚ましアラームが鳴る設定にしているのですが、半分夢の中で「あれ?設定音間違えたのかな~・・」なんて思いながら目が覚めました。

緊急地震速報だとわかったのですが、特に揺れている様子も無いのでまた寝ちゃったんですね(^^;


で、いつもの時間に起きてテレビのニュースを付けてみると、淡路島を震源にけっこう大きな地震がきていたことがわかり驚きました。


昨日の新聞で、京都は当初震度4と出ていましたが、場所によって震度は様々で、このあたりは震度2だったとか。

でも震源地の淡路島では、お怪我をされた方も多く、家屋の損傷もあった大きな地震でした。
1995年の阪神淡路大震災を思い起こしたという声も多く聞きます。


この地震が、阪神淡路大震災の余震なのか、全く別の地震なのか、南海、東南海地震の予兆なのか、はっきりしたことは「わからない」・・・みたいですね。



一般に、京都は災害が少ない、という印象で捉えられていますが、ほんとにそうでしょうか。


先般NHKの番組で日本で最初の災害ルポタージュとして「ゆく川の流れは絶えずして・・・」でおなじみの鴨長明著「方丈記」が紹介されていました。
そこには、京都の地震の記録として次のような記述が残っています。


『また、同じころかとよ。おびただしき大地震(おおない)ふること侍りき。そのさま世の常ならず。
山崩れて、川を埋(うず)み、海はかたぶきて、陸地(くがち)をひたせり。土さけて、水湧き出で、巖(いはお)割れて、谷にまろび入る。
渚こぐ船は、浪にたゞよひ、道行く馬は、足の立處をまどはす。
 
 都の邊(ほとり)には、在々所々、堂舍塔廟、一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵・灰立ち上りて、盛んなる煙の如し。
地の動き、家の破るゝ音、雷に異ならず。家の中に居れば、忽ちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも登らむ。おそれの中に、おそるべかりけるは、たゞ地震(ない)なりけりとこそ覺え侍りしか』
ーーー「世の不思議五(元暦の大地震)」より



ちょっと読みにくいですよね(^^;
現代文に直すと、こんなふうです。


『また、同じころだったか、ものすごい大地震があったことがある。そのさまは尋常ではなかった。
山は崩れ、その土が河をうずめ、海が傾いて陸地に浸水した。大地は裂けて水が湧き出し、大きな岩が割れて谷に転がり落ちた。
波打ち際を漕ぐ船は波の上に漂い、道行く馬は足の踏み場に惑っている。

都のあたりでは、至るところ、寺のお堂や塔も、一つとして無事なものはない。あるものは崩れ、あるものは倒れている。塵や灰が立ち上って、もうもうとした煙のようである。
大地が揺れ動き、家屋が倒れる音は、雷の音とそっくりだ。家の中にいると、あっという間に押しつぶされかねない。かといって、外に走り出れば大地が割れ裂ける。
羽がないので、空を飛ぶこともできない。竜であったなら、雲にでも乗るだろうに。
これまでの恐ろしかった経験の中でも、とりわけ恐ろしいのは、やはり地震だと思った。



これは、1185年に起きた「文治地震」(元歴の地震)のことを記述したものだと言われています。
どんなに大きな地震が京都をおそったか、伝わってきます。

無事だった建物はお寺やお堂や塔、一つも無かったんだそうです。


京都市防災センターによると、京都に被害をもたらしたような大きな地震で一番古いのは
684年11月29日
(天武13年10月14日)土佐その他南海・東海・西海地方の地震 M8.3

以後、50~100年に一度くらいの間隔で大きな地震が起きています。
(※詳細追記参照)

一番最近に起きた 京都に大きな被害をもたらした大地震は、1830年8月19日京都および隣国の地震。マグネチュード6.5。
洛中洛外の土蔵はほとんど被害を受け、御所・二条城などで被害。 西本願寺1尺ほど傾く。愛宕山の坊崩潰。地割れあり。泥噴出、宇治川通りの堤防崩れる。死者多数。

という記録が残っています。

二条城の石垣が崩れたのだそうです。


1830年と言えば、江戸時代後期、明治維新まであと数十年という頃。
それから、「たまたま」180年ほど大きな地震が無いだけなのです。





ということで、緊急地震速報が鳴っているのに また寝てしまうなんて、言語道断!




もっとキンチョー感持って下さいよ。えすぺろさん。(自分でつっこんでおきました)




<追記>↓

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1994年生まれ22歳のおじーちゃん猫「コネちゃん」の下僕です。
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