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親を失った子供たち

地震の発生からもうすぐ3週間

徐々に落ち着きを取り戻し
復興に向けて歩き出そうとしている地域や人々がある一方
未だに 実態の把握さえできていないのが
この震災で 親の消息がわからなくなってしまっている
子供たちの現状です

気仙沼市の高台から お母さんを探して泣いていた女の子のような子が
どれだけいるのか
その子たちは 避難所でどう暮らしているのか

誰か 寄り添ってくれる大人はいるのか・・・

今 どう過ごしているのか、を一時も早く把握して
支援しなければなりません

地元の児童保護施設や児童相談所などは
機能していないようなので
他の自治体から、この事限定の 別枠の支援が必要でしょう

救援金なども、親の消息がわからなく
保護してくれる大人がいない子限定のもの、
「指定義援金」のような形があっても良いと思います

何か 支援できる形があるのではないか、考えています
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原発難民

昨日に引き続き 福島原発のこと・・・

今回の地震の被害が どの程度のことになり
最悪 どういう展開になるか・・・

原発の設計者は、少なくとも想定できていたことがわかっています
おそらく 海外の識者も
そして 実は日本の関係者も・・・

このような場合は、事態を極力過小評価しようという体質を持つのが
日本の行政であり企業の姿勢のようですが
それは 全く間違った判断を招いてしまうのです

避難勧告や避難指示、自主避難と言われた 
原発から20km~30kmの範囲に暮らす人々には
最悪 どのような事態になり
どのくらいの避難期間になるか、
きちんと 説明するべきだったと思います

もし 「最悪」にならず、早期に収拾すれば
それはそれで 良かった、ということになるし
避難するに当たっては
ある程度の準備と心構えを持つことができたのではないかと思います

双葉町の人たちは、町ごと埼玉県の大規模施設に避難しました
しかし そこも期限付きで
また 近く別の場所に移ります

小学生ぐらいの小さな女の子が
「何か 大事にしているものを持ってきたらよかった・・」
と言っていました

大人も子供も
町のお役人も
こんなに 長く遠方への避難生活になるなどと
全く思わずに身の回りのものだけを持って
家を出てきたのでしょう

そして その後どんどん放射線量が高くなり
もう 何かを取りに戻りたくても
だれも 町に立ち入ることはできなくなってしまいました

どこかの国で紛争や戦争が起こったとき
身ひとつで逃げてくる
ふるさとを追われた難民と呼ばれる人々と
今、福島の人たちが重なります

こんなことが許されるのでしょうか




震災と原発事故

ひとつの情報ではありますが
知ることは大切だと思います

 広瀬隆氏 広川隆一氏「福島原発現地報告と原発震災の報告」

 東電、想定にいれず被災

情報をよく知って、自分なりに判断していくしかありません
本来なら 政府の発表が最も信頼されるべきなのですが
残念ながら、そう言うわけにも行かないようです

原子炉を設計した方の話は誠実な感じを受けました
切実なメッセージを感じます

 原子炉の設計者の解説

原子力発電所

福島の原発事故

宮城県や岩手県で復興に向けての兆しが見えてきているのに対し
福島県は 今なお災害が現在進行中で続いています

福島県郡山市の市長の会見
これが真実の姿なら、福島原発の事故は
人災 と言うことになるでしょう

福島県郡山市長 会見

同じ災害に見舞われたのに
東北電力の女川原発に被害が無かったことを思うと
東京電力のあらゆる力不足を思わずにいられません

合わせられる力をすべて合わせて
早い時期の 沈静を祈るのみです

関西でできることのひとつ

関西までもが異様な雰囲気になってきています
非常に違和感を覚えるのは私だけでしょうか・・・

整理してみましょう

今回 大きな地震があり、大津波が来て大変な思いをしているのは
東北地方と北関東地方 千葉県

福島原発の事故で放射線の被害が懸念されているのは
福島県の一部

それに伴い野菜や原乳などの食品、水道水に放射性物質が微量に観測され
影響を受けているのは
東京 千葉 栃木 茨城

原発事故に伴い 電力の供給が不足し 計画停電を行っているのは
関東地方 一部静岡 山梨の東京電力の管轄範囲

さて 関西ですが、この中の何をとってみても
何も影響を受ける事態はありません

私たちはまず 落ち着いて普段どおりの生活をしましょう
それが 今の日本をこれ以上落ち込ませない事につながると思います

被災地に心を寄せる、と言うことは
一緒になって慌てふためくことでは無いのです

それにしても・・・国難ともいえる こんな時には
その人の 生き方や価値観が色濃く現れるものですね

政府の会見を見ていても・・・感じます・・・









希望を胸に けっぱる

東北地方太平洋沖地震の発生からもうすぐ二週間が経とうとしています
現地の様子も 頻繁に報道されるようになってきました

被災した町や人々の復興に向けての話題も多くなってきています

テレビや新聞などで触れる現地の方の話の中には
「この場所で復興を果たしたい」と言うお気持ちが
とても強いことを感じます

津波にのみこまれても、
その土地でまた家族や仲間と暮らしたいと言うことが
被災された人たちの願いであるなら
それに添った 復興に向けての支援を考えられないだろうか、と思うのです

それが みなさんの希望となり
生きて行く力になるかも知れません

津波が来ても みんなで安全なところへすぐに避難できる町・・
釜石の子供たちのように・・

朝の報道番組で 避難所には行かず
陸前高田の高台に留まる人たちを見ました

行方のわからない仲間を自分たちで探すために
この町を守るために
また この町で暮らすために・・・
人々は 未来にむけて 希望を持って「けっぱって」いました
「けっぱる」とは 東北の言葉で「がんばる」と言う意味です

希望は 人の心を支えます
ちゃんと支えのある心は 人に生きる力を与えます

私のこのブログでのネーム「esperolumo」は
エスペラント語で「希望の光」と言う意味です

私が一番大切にしている言葉です

私が生まれた時両親は「いつも 希望を持って生きていくように」と
「のぞみ」と名づけてくれました

困難なときも 希望があればがんばれる
半世紀ほど生きてきて 本当にそう思い
この名前を贈ってくれた両親に感謝しています

陸前高田で、お年寄りの避難を手伝っていて津波に流され
命を落とした消防団の佐藤昇一さんには
生まれ変わりかのように
翌日 赤ちゃんが誕生しました
 
前を向いて歩いていこう、と
「希美ちゃん」と名づけられました

希美ちゃん けっぱろうね






もうひとつの「被災地」

東北地方の被害があまりに甚大なため
報道される機会も少ないのですが
私の友人が住む千葉県浦安市は
この災害で かなりひどいダメージを受けた町のひとつです

前のブログにも書いたのですが
地震のあった日 
彼女は5時間歩いてやっとの思いで浦安にたどり着きました

ホッとしたのもつかの間・・
町は 液状化で道は泥沼のようになり
自宅に着いてみると、水道は出ないしマンションのエレベーターは止まったまま

次の日から 生活のための戦いが始まりました

自衛隊によって運ばれる生活用水を
エレベーターが止まった5階の自宅まで階段で何往復も運んでから出勤

朝から 京葉線は止まり、泥沼の道は渋滞
都内の会社まで 自転車や地下鉄を乗り継ぐが
その地下鉄も余震でたびたび止まる

その上 計画停電・・・

水道は やっと一昨日、復旧しましたが
町は まだ 泥だらけで
ガソリンや生活用品などは品薄で思うように手に入らないと言う
かなり ハードな日々を
家族で力を合わせ 耐えています

東北地方の被害にあわれている方のことを思えば
これくらいの事・・と・・・

浦安市 画像

「アマタケ」の皆様へ

家の近くにある自然食品のお店に
「岩手がも ハンバーグ」と言う
かも肉を使ったおいしいハンバーグがあります
震災に遭われているのでは・・・と心配していたのですが
今日 お店に行ってみると まだ いくつかおいてありました

お店の人の話では、在庫が無くなると もう いつ手に入るかわからないとのこと
工場は 被害の大きかった 陸前高田市、大船渡市にあります

ネットで調べてみると 工場の皆さんはご無事だったような感触ですが
工場の被害は大きかったようです
アマタケでおいしいハンバーグを作ってくださった皆さんが
ご家族を含めて ご無事でありますように

そして 一日も早い復興を祈ります





東日本大震災ーペットの命ー

未曾有の大災害
まだ行方のわからない人たちが大勢いらっしゃる
避難できた人たちの環境も非常に厳しい
原発事故は進行中で 震災の終息のめどすら立たない・・・

こんな厳しい状況がまだまだ続いているのですが
私は 災害が起こった時から
人と一緒に暮らしていた動物たちがどうしているのか
気になっています

あの災害を乗り越え 生きながらえた犬や猫たちがきっといるはず・・
飼い主とはぐれてしまった子や
飼い主がいなくなってしまった子
避難所には連れて行くことができない子

福島原発で避難指示が出ている地域では
ペットたちはどうなったのでしょうか

調べてみると 動物たちを保護しようと言う活動も
動き始めています

大きな災害を乗り越えた大切な命・・・
それは 人も動物も同じでしょう

私たちにも支援できることがあるはずだと思います

東日本大震災ペット情報サイトまとめ
ポチたまの松本秀樹さんのHP
日本愛玩動物協会NPO法人 アニマルフュージ関西

釜石の中学生と小学生

今回の災害で 大津波の被害を受けた町のひとつ
岩手県 釜石市

ここは 群馬大の片田敏孝教授(災害社会工学)を防災アドバイザーとして
津波避難マップを作るなど、津波からの被害を想定して
災害に備えていた町でした

災害発生後 いち早く現地入りした片田教授が見た風景は
それまで 釜石の行政、市民とともに作り上げてきた
防災のすべてを無に帰するほどの現状でした

防潮堤 水門 避難路マップ
完璧かに思えたハード面の防災は、あらゆる想定を超えた災害から
町を守ることはかなわなかったのです

一方で 片田教授は、時間を見つけては学校を訪れ
小中学生に 地震の、とりわけ津波の怖さを教育してきました

時に津波は 人の想定を超えるものであること
学校のある場所は津波は来ないと言われているけれど
安心しないで高台の避難場所に逃げること
避難の際は 隣り合っている小学校と中学校とで協力して
中学生がそれぞれに小学生をサポートして避難すること・・など
防災のソフトを徹底して伝えたのです

津波は 小中学校が建っている小高い丘をのみこみ
更に 避難場所としていたところにも到達していました

しかし子供たちは 片田教授の言葉を守り
中学生と小学生が手をつなぎ、その場その場の機転を利かせ 
さらに高いところ高いところを目指して
逃げていました

避難する小中学生の姿は 周辺の町の人を動かし
ともに避難を開始した多くの人の命も救いました

無事だった小中学生と再会したとき
片田教授の目には涙があふれていました
「よくがんばったね」と頭をなでながら・・

時に災害は人の想定を超えて私たちを襲います
ハード面での防災が役に立たないとき
人の命を守るのは、人の心・・そんな風に思いました

受けた防災の教育を、若い素直な気持ちで吸収し
発揮できた子供たちの力を すばらしいと感じます

自分を守る 一番大切なことではないかとも思うのです






プロフィール

Espero Lumo

Author:Espero Lumo
ようこそ*^^*
1994年生まれ22歳のおじーちゃん猫「コネちゃん」の下僕です。
ゆる~い更新ですがよろしかったらお付き合いくださいませネ。

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