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下僕ですーー(^^;

みなさま、ご心配&励ましありがとうございます(^^)


こねおさま、週に2~3回の点滴で 食欲も戻りつつあります。
ちょっと、気まぐれで・・・
昨日お気に入りだったごはんが、今日はぷいっ・・ということもあり、下僕はごはん調達が大変(T T)


先日、ツイッターでもつぶやいたのですが、
病院で順番待ちをしていると、お隣に 華奢で真っ白、ぬいぐるみのように可憐な猫ちゃんがご婦人に抱っこされて待っていました。


ご婦人が下僕に「ねこちゃん?どこが悪いの?」とキャリーをのぞきこんで話しかけてこられ、

下僕「はい~猫です~~。もうおじーちゃんで・・点滴にきました~」

ご婦人「あら、おじいちゃん?なんさい?」

下僕「はい~。もう19歳なんですよ(ふつう、ここで えーーー!すごいですね、とかいうお返事がくる・・ところが!)}

ご婦人「へぇー。若いわね、まだ。この子は27歳よ

下僕「ひ、ひえ~~ほんとですかっ!!!!!!」



・・・というわけで、体重も、こねおは3.9キロしかない・・・と言うと、その白猫ちゃんは1.9キロだそうで・・・・。


週に一度点滴してもらい、ごはんもそこそこ食べて、一日寝て過ごす・・とか。


ちなみに、「お嬢様」でした。


ピンクのかわいい肉球をちょっとさわらせてもらって、ご長寿にあやからせていただきました(^^)


ハムテル先生は「人間も動物もね、女子は強いですww」
とつぶやいてらっしゃいました(^^;


こねたん、若いっていってもらったよ(^^;



すねこねキャプチャ
「こねちゃん、ほらっこっちむいて。27歳のおじょうさまがお隣にいはるよ」


「いやや。しらんーーー。もう帰るーー帰るーーーー」




病院すんだらあまえるーーー
キャプチャ







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こねおです

こねおですーーー。


まだまだ暑いですね。


ちょっと、具合悪いですねん・・・・。


食欲がない・・・というわけで、下僕に病院連れて行かれました。


キャプチャ
いややーーいややーーーーびょーいんきらいーーー



で、脱水してましてん・・。


今週はいって、もう3回も病院行きました。


毎回、ちゅーしゃ です。しくしく・・。



昨日、血液検査とおしっこ検査しました。
そしたら、「じんふぜんのちょーこー」ってハムテル先生が下僕に言わはりました。


下僕、泣きそうになってましたんですけど、ハムテル先生が「しばらく点滴して とにかく食べられるようにしましょう」って。




なんかなーーー
食欲わかへん・・・。



どうも 毎回午前中に病院連れて行かれるようなんで、学習したボクは午前中、押し入れに引きこもることにしました。


まぁ、トシとってますさかい、ぼちぼちいきますわ。

キャプチャ
なんか おいしいもんないかなーーー
りょうようしょくはきらい・・・

120リットルと300トン

東京電力福島第一原子力発電所の現場で、汚染水が大量にタンクから漏れたと言うことです。


当初、地表面の水たまりだけを漏水とみて、東電は「漏水は120リットル」と発表していました。
その後、漏れ出たと思われるタンクが判明し、貯まっていた汚染水の減った量から、漏水は「300トン」と訂正されました。


120リットル→300トン



なんとなく、「わーー、多かったんだ。ほんとは」
という印象は受けるものの、ではどれくらいの「誤差」だったのでしょうか。
なんか、比べにくいな。


まず、「リットル」 は「量」を表す単位。ペットボトルに入っているお水の「量」とかですよね。


で、水の場合、1リットルは1キログラム の重さだということになっていますから、
1リットル=1キログラム


「トン」は簡単に言えば「重さ」を表す単位。
1トン=1000キログラム。

で、
1トンの水の量は1000リットル、ということになります。



ということで、
300トン=300.000キログラム=300.000リットル・・・・いちじゅうひゃくせんまんじゅうまん・・・30万リットル・・・
であることがわかりました。

ただ、放射性物質が含まれているので 単純に「水」の比重で考えていいのかな・・
でも、おおむねこんな感じ・・?


かしこい皆さんはきっと こんなしちめんどくさい換算しなくてもイメージできるのだと思いますが、
日頃、こんなに大きな数字を見ることの少ない平凡なお母さんは、昔習った「単位」をいっしょうけんめいに思い出して、「えーーっと、どれくらいの誤差だったのかなぁ・・120リットルと300トンって」と考えないと、120、と300、と言う数字に惑わされてしまうのです。

トンでなじみがあるって言えば、おーたさんの体重が0.1トン・・くらいだしなー。
  ※最近、福島の活動で3キロもお痩せになったという情報あり。もう0.1トンじゃないってつぶやいてらっしゃったっけ


新聞なんかでも、ちょっと但し書きでもいいから「単位」の説明でもしておいて下さったら、「えーーーーっ!すごい違いっ!!!」
と読んだ人も思うのでは・・って・・・。


えすぺろだけ?こんなこと思っているのは・・・








OBON 2015 という活動

昨日8月15日は終戦記念日でした。

戦後、68年経ちました。
日本は68年、ずっと「戦後」です。


このまま「戦後」が続くといいな・・と思います。



昨日テレビニュースや新聞でも紹介されていたのですが、「OBON 2015」という活動のことご存知でしょうか。


これは、第二次世界大戦の混乱の中、戦利品として帰還兵が持ち帰った日本兵の遺品を、遺族の元に返還する、という活動です。

終戦70年をむかえる2015年のお盆までに、すべての遺品が返還される様に、との願いを込めてこのネーミングをされたと言うことです。

米国オレゴン州に住むレックス・ジークさんと敬子さんご夫妻が中心となっていらっしゃいます。
ビルマで戦死された敬子さんのおじいさまの遺品である寄せ書きされた日章旗が手元に戻ってきたという経験をされて、この活動を始められたと言うことです。


産経新聞に経緯が書かれています

 兄の“魂”と再会 「寄せ書き日の丸」遺族の元に 米で返還運動


戦時中、兵隊さんとして出生する人に、周りの人たちは寄せ書きをした日章旗や、千人針といって 千人分の玉結びをした布を贈り、無事を祈ったのです。

「お国のために闘ってこい」といいつつ、心の中では皆、大切な人が無事に戻ってくる様にと願ったことでしょう。


千人針の布には 5銭硬貨と10銭硬貨が縫い付けられました。
5銭は「四銭(しせん=死線)」を越える様に、10銭は「九銭(くせん=苦戦)を越える様にとの願掛けだったとか・・。


お守りとして寄せ書きの日章旗や千人針を懐に忍ばせて闘いに行ったのですね。


死にたくなかった・・・死んで欲しくなかった・・・


そんな思いが伝わってきます。




遺骨さえも満足に戻ってこなかった戦争・・・。
100万以上の人たちは遺骨も遺品もないままです。
からっぽのお墓も多いのです。


沖縄で戦死した母の兄・・写真でしか知らない私のオジもその一人です。



ご遺族の元に遺品を返還したいというこの活動、一方で オークションに出されているという現実があります。


売買状況

売買状況



売買されずに兵隊さんのふるさとへ帰ってきます様に・・と願います。


それと同時に、もしかすると日本にも他の国の兵隊さん達の遺品があるのではないだろうか・・と思いました。
戦争は人の心を蝕むものだと思います。
今は、平和な世の中です。

愛をもって、遺品は元の持ち主へ、ふるさとへと返されるべきですね。





第二次世界大戦終戦の日からずっと「戦後」の日本・・。
68年の平和を、ずっと先につなげていきたいと思います。




日本語版





英語版

残暑お見舞い申し上げます・・・こねおより

みなさま、お暑うございますね。


残暑お見舞い申し上げます・・・・って、これ、「残暑」ってレベルですか???!!!



キャプチャ.JPこね2



ちょっとうかん顔してますけど・・ゴハンもおいしいし、おかげさんで元気にしてます。
カメラきらいですねん。
顔に出るタイプですねん。



ここは、ムスコの勉強机の下。


下僕が、「おじーさんは熱中症になりやすいし」とか言うて、エアコンつけますねんけど 冷えすぎると寒いんですね。
かといって、エアコンなしでは暑すぎますし・・・。


この場所が一番「いいころかげん」でよろしいです。



困るのは、「脱水してへん?」言うて 時々下僕が背中の皮、ぎゅううっとつまんでひねりますねん。
戻るのに3秒以上かかったら「脱水」ってお医者さんに教えてもろたらしいです。


脱水してたら注射や、言うておどしますねん。


これを一日に2,3回やられるのがすっごくいや!!!



今日も京都は38度超えるらしいし、おなかもいっぱいになったし、お水もたくさん飲んだし・・



寝ます


キャプチャ



みなさんも、夏バテしんようにお気をつけてお過ごしくださいね。


下僕はこれから冷たいスイーツを食べに行くそうですわ。
暑いのに ごくろうさんなこってすな。







忘れ得ぬ人

8月のこの時期になると思い出す人がいます。



もう、20年くらい前のこと、私はその頃夫の赴任先の島根県松江市に引っ越しをしました。

初めて山陰地方の町で暮らすことになり、始めは観光客気分でわくわくしていました。
ところが、住み始めてみるとだんだん京都が恋しくなってきて困っていました。



結婚する時、敬虔なクリスチャンだった両親からは「転勤などで初めての場所で暮らす時は、その町の教会に行くようにしなさいね」と言われていました。


信仰を持って暮らしなさい、ということもあったと思いますが、早くその土地の方達と仲良くなって、孤独にならず、京都に思慕を募らせず、楽しく暮らせるように・・との親心だったのだろうな・・・と思います。


そこで、京都の教会の牧師さんに紹介していただいて 私は松江市のとあるキリスト教教会を訪れることにしたのです。


教会の方達はみなさん、本当にやさしく親切で、とても温かく私を迎えて下さって、いろんなことを教わりました。
バザーのお手伝いをしたり、礼拝のオルガン奏楽をさせていただいたり・・・
「孤独」とは無縁の楽しい時を過ごすことができたのです。


そんな中に、私とはちょっと年は離れていましたが若いすてきなご夫妻がいらっしゃいました。


お二人仲良しでいつもご一緒でした。
ご主人はすらりと長身で、くるんくるんとした巻き毛の西洋人みたいな感じの方、奥様は華奢で美しい方でした。
聖書の勉強会や、小さな集まりがある時はいつも、ご主人がサイフォンで本格的なおいしいコーヒーを淹れて下さるのです。


教会のみなさんも牧師さんも「このコーヒーでないとね!!」ととても楽しみにしてらっしゃいました。



あるとき、奥様といろんなお話をしていて「お子様は?」とおっしゃるので「まだなんです。早く赤ちゃんほしいんですけどネ」なんて話になりました。

その方は「私たちはね、被爆二世なんです。だから、子供、いないんですよ」
とさらりとおっしゃいました。



「ヒバクニセイ」・・・???!!!



私にとって、第二次世界大戦も原爆投下も、遠い昔の出来事の様に感じていることでした。
でも、「被爆二世」という言葉を聞いて、そんなに遠い昔の出来事ではないのだと気づきました。


同じ時代を生きる人たちに、被爆は影響を与え続けているのだ・・とそのとき初めて知ったのです。


そのご夫妻は広島のご出身でした。
お二人のそれぞれのご両親は、広島の原爆で被爆されたと言うことでした。


ご自分達は原爆投下の時代に産まれていないのに、「二世」という形の弊害があることを受け止めながら生きる人たちが、同じ時代にいるのだと知りとても驚きショックを受けました。



あえて子供を持たない様にされていたのか、それとも他の事情で子供に恵まれなかったのか・・・私はそれ以上踏み込んで聞くことはなかったのですが、「被爆二世」とおっしゃったその言葉にとても重いものを感じました。



松江市には3年住んで、私はその間に長男を出産しました。
初めて教会にムスコを連れて行った時、奥様が「かわいいわねぇ。だっこさせて」「赤ちゃん、いいにおいがするわね。ずっとだっこしていたい」とおっしゃって、まだ若かった私は なんだか申し訳ない様な複雑な思いになって・・ただ黙っていました。


それから間もなく私はまた夫の仕事の都合で京都にお引っ越し・・となりました。


子育てに追われ、いつの間にか松江市の方達との親交も途絶えがちとなり、牧師さんとのクリスマスカードのやりとり位になっていた頃・・・


そのご夫妻のご主人が亡くなったという報せをもらったのです。



悪性のご病気で、わずか数ヶ月の闘病で亡くなったそうです。
まだ40代になられたばかりの若さでした。


それが、被爆二世に起因するものなのかどうかはわかりません。


ただ、「私たちは被爆二世なの」とおっしゃった奥様の言葉のなかに、
ご自分達には「特別な運命的なもの」があるのだ、ということを受け止めて 寄り添って生きていらっしゃるような感じをもったのです。



みんなから「おいしいー!おかわり!!」とせがまれ、
「ちょっと、何回コーヒー淹れさせるんですか」「喫茶店でも始めましょうかねーー」と嬉しそうにサイフォンを扱ってらっしゃった姿を、この時期になると思い出します。



ヒバク二世・・・



こんな言葉、もう作ってはいけないのに・・
そんな声が聞こえてきそうに思います。



キャプチャ
長崎 浦上天主堂の被爆マリア像









『犬と猫と人間と2 動物たちの大震災』 を観るということ

昨日、8月3日、「犬と猫と人間と2 動物たちの大震災」を観てきました。



ハンカチは3枚用意して、
それもタオル地の吸水性に優れたものを選びました。



宍戸監督の静かな語り口調のナレーションの向こう側に「悲しい」とか「つらい」とか・・言葉で表現できない光景が繰り広がっていて、私は呆然と観ていました。



心の中は涙でいっぱい・・・
でもなぜだか泣くことができずに、観ていくほどに静かな怒りのような感情がわいてきます。


それは、何に対する「怒り」でしょう。


なにもかも、にかもしれません。
自分に対する・・・かもしれません。

災害に・・状況に・・原発事故に・・・社会の仕組みに・・・・自分に・・・・。



そして、エンドロールの音楽を聴きながら、人間に助けてもらえなかった命を思い、とめどなく涙が流れたのでした。



舞台挨拶をされた宍戸監督は、「自分に出来ることが何もないと思わないで欲しい」とおっしゃっていました。



この映画は、ただ観て、かわいそうと泣くだけの映画ではない・・と感じました。
宍戸監督と一緒に、私たちに報道されていない動物達の大震災を経験する映画だと思います。



京都みなみ館
で16日まで上映しています。
私は、もし 知らないまま未来を生きるのだったら それはとても恐ろしいことだったと思っています。




監督の宍戸大祐さん
キャプチャ





朝日新聞記者 机さん
キャプチャ





映画パンフレットに書いて下さったメッセージ
キャプチャ




多くの方に観ていただけるといいな・・と思います。






プロフィール

Espero Lumo

Author:Espero Lumo
ようこそ*^^*
1994年生まれ22歳のおじーちゃん猫「コネちゃん」の下僕です。
ゆる~い更新ですがよろしかったらお付き合いくださいませネ。

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